• 日本国内での動き
  • 世界での動き
  • ヴィーブヘルスケアによって実施
  • グラクソ・スミスクラインによって実施
  • ファイザーによって実施
  • 塩野義製薬によって実施
HIV/AIDS発見と対策の歴史 ヴィーブヘルスケア(グラクソ・スミスクライン、ファイザー、塩野義製薬)の取り組み
1930

世界での動きアフリカ熱帯地方でチンパンジーの狩猟を行う男性に、猿から免疫不全ウイルスがうつったと考えられる(異なる見解あり)

1950
1959
世界での動きコンゴ民主共和国で死亡した男性が、最初のAIDS患者であったとされている(保存血液の検査から)
1980~​1990
1981
世界での動き男性同性愛者でのカリニ肺炎の多発が報告され、全世界にAIDSへの警報が発せられる
世界での動きカリニ肺炎のほかに、カポジ肉腫症例が報告される
世界での動き年末までに120人以上が、先に報告された原因不明の病気で死亡
1982
世界での動きAIDS(後天性免疫不全症候群)が命名される
世界での動き5大陸すべてでAIDS 患者が確認される
1983
世界での動き仏モンタニエ博士と米国ギャロ博士がほぼ同時期にAIDSの原因ウイルスを分離、後にHIVと命名される
世界での動き男女間での性交渉によるAIDSの感染が確認される
日本国内での動き厚生省(当時)エイズ研究班を発足
1985
世界での動き第1回国際AIDS学会が米国アトランタで開催される
日本国内での動き日本でもAIDS患者が認められる
1987
日本国内での動き京都で第1回エイズ研究会(後に日本エイズ学会となる)開催
1987
グラクソ・スミスクラインによって実施バローズ・ウエルカム(後にGSKとなる)が、最初の抗HIV薬である核酸系逆転写酵素阻害薬Retrovir(ジドブジン)を発売
グラクソ・スミスクラインによって実施日本で核酸系逆転写酵素阻害薬レトロビル®カプセル(ジドブジン)を発売
1988
日本国内での動きエイズ予防法が国会で成立
1990~​2000
1991
世界での動きレッドリボンがAIDS啓発の世界的なシンボルになる
1992
世界での動き2剤併用療法が初めて導入される
1992
グラクソ・スミスクラインによって実施グラクソ(後にGSKとなる)が、HIV/AIDSの世界的な流行に対抗する「Positive Action」を開始
1993
日本国内での動き厚生省(当時)、エイズ治療の拠点病院整備に着手
1995
世界での動きWHOに報告されたAIDS患者が100万人を超える
1995
グラクソ・スミスクラインによって実施グラクソ・ウエルカム(後にGSKとなる)が、核酸系逆転写酵素阻害薬Epivir(ラミブジン)を発売
1996
世界での動き国際連合エイズ合同計画(UNAIDS)が発足し、10の国際連合専門機関の共同出資によりHIV/AIDS 対策に乗り出す
世界での動き国際エイズワクチン推進構想(IAVI)が発足し、HIVワクチン開発のスピードアップに取り組み始める
世界での動きHAART(Highly Active Anti-Retroviral Therapy)導入により、HIV感染者の長期生存が可能となる
日本国内での動きHIV訴訟和解成立
1997
グラクソ・スミスクラインによって実施グラクソ・ウエルカム(後にGSKとなる)が、Combivir(ジドブジンとラミブジンの合剤)を発売
グラクソ・スミスクラインによって実施グラクソ・ウエルカム(後にGSKとなる)が、母子感染防止薬として承認された抗レトロウイルス薬を開発途上国に低価格で供給
ファイザーによって実施Agouron社(後にファイザーに買収される)が、プロテアーゼ阻害薬Viracept(ネルフィナビルメシル酸塩)を発売
ファイザーによって実施ファイザーが、非核酸系逆転写酵素阻害薬Rescriptor(デラビルジンメシル酸塩)を発売
グラクソ・スミスクラインによって実施日本で核酸系逆転写酵素阻害薬エピビル®錠(ラミブジン)を発売
1998
世界での動き初めてのHIVワクチンの大規模臨床試験が米国で始まる
1999
世界での動き世界のHIV感染者は3300万人、AIDS死亡者は1400万人との推計が発表される
世界での動きAIDSが世界の死亡原因の第4位になる
世界での動きHIV感染者の90%は開発途上国に住むことが明らかになる
1999
グラクソ・スミスクラインによって実施日本で核酸系逆転写酵素阻害薬ザイアジェン®錠(アパカビル硫酸塩)を発売
グラクソ・スミスクラインによって実施日本でコンビビル®配合錠(ジドブジンとラミブジンの合錠)を発売
2000~
2000
グラクソ・スミスクラインによって実施GSKが、米国の5つの政府研究機関と協働して開発途上国での治療とケアの改善を目指すAccelerating Access Initiativeのメンバーとなる
グラクソ・スミスクラインによって実施GSKが、Trizivir(ジドブジン、ラミブジン、アパカビル硫酸塩の合剤)を発売(日本では未承認)
ファイザーによって実施日本で非核酸系逆転写酵素阻害薬レスクリプター®錠(デラピルジンメシル酸塩)を発売
2001
グラクソ・スミスクラインによって実施GSKが、アフリカのサハラ砂漠以南および開発途上国に抗レトロウイルス薬を低価格で提供することでHIV/AIDSに立ち向かっていくという企業姿勢を示した「Facing Challenge Report」を発行
2002
世界での動き世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)が発足
 
2003
世界での動き1年間で500万人が HIVに罹患し、300万人がAI DSで死亡する
世界での動き世界AIDSデーに、300万人を2005年までに治療するという「3x5 Initiative」が採択され、治療へのユニバーサル・アクセス確保の重要性が示される
2003
グラクソ・スミスクラインによって実施GSKが、プロテアーゼ阻害薬Lexiva(ホスアンプレナビルカルシウム水和物)を発売
   
2004
グラクソ・スミスクラインによって実施GSKが、Epzicom(ラミブジンとアパカビル硫酸塩の合剤)を発売
   
2005
グラクソ・スミスクラインによって実施日本でエプジコム®配合錠(ラミブジンとアパカビル硫酸塩の合剤)を発売
グラクソ・スミスクラインによって実施日本でプロテアーゼ阻害薬レクシヴァ®錠(ホスアンプレナビルカルシウム水和物)を発売
 
2006
世界での動きUNAIDSが、1981年からの世界のHIV感染者の累計は6500万人、AI DS死亡者の累計は2500万人と報告
日本国内での動き日本で報告された年次AIDS患者数が400人を超える
 
 
2007
日本国内での動き日本で報告された年次HIV感染者(AI DS患者を除く)が1000人を超える
2007
ファイザーによって実施ファイザーが、初めての経口CCR5阻害薬 Selzentry(マラビロク)を発売。10余年ぶりに登場する新しいクラスの治療薬で、特定の型のウイルス(CCR5指向性)に感染し、既存の薬剤に耐性を示す患者にも有効
   
2009
ヴィーブヘルスケアによって実施7月、「Positive Action for Children」基金を創設。向こう10年にわたって、HIVの母子感染予防、孤児や傷病児の支援のために5000万ポンドを提供する。また1000万ポンドの創薬資金がPublic Private Partnershipを通じて子供のための新しいHIV/AIDS治療薬の研究開発に提供される
ヴィーブヘルスケアによって実施11月、GSKとファイザーがHIV治療に特化したヴィーブヘルスケアを設立
ファイザーによって実施日本でCCR5阻害薬シーエルセントリ®錠(マラビロク)を発売
   
2010
ヴィーブヘルスケアによって実施9月、ヴィーブヘルスケアの日本法人 ヴィーブヘルスケア株式会社が抗HIV薬の販売を開始
   
2012
塩野義製薬によって実施10月、塩野義製薬株式会社が資本参加
   
2013
グラクソ・スミスクラインによって実施8月、米国でTivicay®(ドルテグラビル)を発売
グラクソ・スミスクラインによって実施12月、インテグラーゼ阻害剤ドルテグラビルを日本で承認申請
   
2014
グラクソ・スミスクラインによって実施4月、日本でテビケイ®錠を発売
ヴィーブヘルスケアによって実施12月、日本でドルテグラビル/アバカビル/ラミブジンの配合剤を承認申請
   
2015
ヴィーブヘルスケアによって実施4月、日本でトリーメク®配合錠を発売